2016年8月29日月曜日

また転倒


腰やら股関節やらにたまに突然稲妻のように走る激痛で転倒する。
これまで家の中、または裏庭で数回同じような目に。

今回は外出先。とほほ
チャリティーショップの店内で派手にやっちまいました。
品物は壊さなかったものの、棚が半分倒れてえらいことになって・・・

店員さんやらその場にいたお客さんたちがホンマ親切にしてくれて感激した。

来年米寿を迎える父。
理学療法士さんに勧められて外出時に使ってるらしい歩行器の話を電話でつい数日前に
父から聞いたばかり。

私も必要?(泣)

2016年8月24日水曜日

たこ焼き


カセットコンロを買い替えた。 

それがきっかけとなったかどうかはわからんのですが、ここのところオットの親族を我が家に食事に招くと、おつまみまたは前菜代わりにたこ焼きでもてなすことが以前より増えた。
ゲストが嬉々として「たこ焼き焼く係」として参加してくれる。子供のみならず大人も。

私が子供の頃、我が家ではたこ焼きというのはお粗末食みたいなものやったと記憶。
「今日はお父さんも外で夕飯食べてくるって電話あったし、買い物に行ってないから今晩たこ焼きでもええ? 冷凍のタコあるから。」みたいな感じ。
または「卵沢山買い過ぎてそろそろ使い切ってしまわんと。たこ焼きでもしょうか?」となどという卵やっつけ消費にもたこ焼きは登場していた。

母は車の運転しなかったので、ほとんど毎日歩いて近所の市場またはスーパーに行ってた。
その日食べるものをその日分だけ買うことが多かった。
重いものやかさばる買い物は配達を依頼。
あの時代、多くの家がそんな暮らしやったと思う。

我が家のみならず、友達の家でもたこ焼きの位置づけは我が家と似たり寄ったりやった。
学校の帰りに友達に家に遊びに行ったりすると、友達のお母さんが招かざる客(それも突然の)であったはずの私たちをたこ焼きで歓待してくれはった。
「おやつ何もないから、たこ焼きしよっか? せやけどタコなしやで。 干しエビしかないけど・・・ ごめんな~」て友達のお母さん。

我が家に「たこ焼きの粉」などなかった。 そんなもん当時売ってなかったように思う。
小麦粉と卵とだしの素と水などを適当に調合して、焼いてみて固ければ水足す、柔らか過ぎてひっくり返せないほどなら小麦粉追加するというええ加減さ。レシピなどなかった。
たこ焼きソースも自家製。
友達の家も同様やった。

まあこれは、今でも私の作り方はあの頃とたいして変わらん。

なので、オットの友達や親族を家に食事に招いておつまみに「たこ焼き」してるって他界した母が知ったらきっと呆れるやろう。

そんなことを思うのはその時ちょうどお盆やったからかもしれん。

2016年8月19日金曜日

夜中の奇声

夜中に外で何やら奇声が聞こえて目が覚めることがここ最近ちょいちょいある。
オットによると麻薬中毒者が近所に住んでいるらしい。
近所って言うてもちょっと離れた場所やけど。

麻薬中毒者? こんな田舎やのに・・・

日本ならどんな田舎でも町内会や隣保っちゅーのがあるやんね。
こういう場合近隣の心配事は民生委員さんなどに相談するんかなあ?
ここはそんなんないからなぁ。

よっぽどの時は警察に知らせる?
そんなときに限って家に一人やったり、お隣さんがお留守やったらどうしよう?

オットの話によると、日中パトカーがその家の前に停まっているのを数回見たって言うてます。
ふーん・・・

以前私が住んでいた町は治安悪いわ、ガラ悪いわ、民度も低いスーパーダウンタウン。
勤務先に近い、電車の駅から徒歩圏、大学の裏、それらが魅力やった。

今振り返ると独り暮らしだったにもかかわらず、たいがいのことにはびっくりしたり過剰な心配したりせーへんかったなあ。

なのに、最近ちょっとのことでびびったりやたら心配しーの私。

「心配事の9割は起こらない」っていう本読んだばっかりやのに。
減らす、手放す、忘れる・・この3つが大切と書いてあったっけ。
余計な悩みを抱えず、無駄をそぎ落してシンプルに生きろと。

そやな!
(持った湯呑みをバッタと落とし、小膝たたいてにっこり笑い←浜村淳の浜村節)

2016年8月14日日曜日

売る気あんのか?

「売る気あんのか、こらあ!」と喉まで出かかった。
なんとかにっこり笑顔を繕ったつもりやけど。

某楽器店でデジタルピアノの試し弾きをさせてもらった日のこと。
デジタルピアノの買い替えを現在検討中。
まず、自分で電源プラグ差してスイッチ入れろと店員に言われた時点でびっくりやった。

「ヘッドフォンつけて弾いてみたいのでヘッドフォンお借りできますか?」と言うたら店員さんが探すフリせず悪びれもせずに、きっぱりと「ありません」と宣う。

「ありません」とただそれだけ。
どないなっとんねん、この店!

夜間や集合住宅でもピアノの練習ができることがデジタルピアノの最大の魅力。
事前のネット調査では、ヘッドホンでもグランドピアノならではの立体的な響きを再現できるモデルも発売され、各メーカーともデジタルピアノの進化は相当なものらしい。

なので、売る側にも以前よりも商品の知識は必要だと思うねんよね。

そやけど・・・
これはこの近所の田舎の楽器店の話とちゃいまっせ。
メルボルン市内およびメルボルン周辺の楽器店でさえもどこも店員の商品知識が乏しい。
これまで訪ねた楽器店は展示されているデジタルピアノの機種と台数が少なすぎる。

困った。

2016年8月11日木曜日

燃料切れ

この数年、車の燃料残存量が半分を下回ったら必ず補給するように心がけている。
すべてがオオザッパな私やけど、ガソリンだけは!

まだ会社勤めをしていた頃、帰宅途中に燃料切れで車が止まった経験あり。
幸い、路肩に車を寄せることができたので他の車には迷惑かからんかったけど。

ホンマ、恥ずかしかった。

車を買い替えた直後だったこと、休暇直前なのに職場と家での「やることリスト」の項目がなかなか
うまく片付かないこと、他にもなんやかんやで全てがとっちらかっていた時の出来事やった。

あの日、車も私も燃料切れ。

自分の心身エネルギータンクにもいわば残量液面計と警報器みたいなものを設置して自分自身の監視開始のきっかけとなったような気がする。

しかし、困ったことに最近この残量液面警報器の不具合が多発。
ちょっと減っただけでピーピー鳴るねん。
修理せんといかん。


2016年8月8日月曜日

アンジェリーナ

「あなたをアンジェリーナと呼んでもいいかしら?」
美しい銀髪をきちんとセットした老婦人は遠慮がちに私に言った。

それは慈善活動の手伝いに高齢者の施設を訪ねた時のこと。もうかなり前ですが。

「昔のことはよく覚えてるんだけど、昨日のことやら時々数分前のことでも思い出せないの」と
前置きして何度も私の名前を聞いてくれはった上品な老婦人。
こちらでは初対面でもファーストネームで呼び合うのが一般的。

私が小学生の時にはクラスに必ず同じ名前のもうひとりかふたりくらいいたほど
私のファーストネームはその時代の日本ではとてもありふれた名前やった。

だけど、この老婦人にとっては何度聞いても覚えにくい名前やったんやと思う。

若い人の中にもアングロサクソン以外というか白人の名前以外の名前を耳が受け付けない人が
結構いる。

白人の名前以外はなんとなーく覚えたくないっていう姿勢を示す若者に出会ったりするとムッとすると同時にびっくりする。
ここは多民族国家のオーストラリアやで。

母国を離れて海外にアジア人の多くはファーストネームのみ英語名を持っている。
名前を聞かれた時、または初対面の人に名前を告げた時などに
「英語名ないの?」と眉間に皺を寄せながら不快感丸出しで聞かれることがある。

そういう時は「ありません! 親がつけた名前はひとつしかありませんから」などと私は要らんことを言ったりする。

日本で、またはこちらで会う日本人に「関西弁丸出しですね~」とちょっといやーな感じで言われたりすると、余計意識して関西弁でしゃべってしまう。
そういう時私の声はちーと大きなる。
ホンマいやらしい私の性格がこういう時に露呈する。

The Japanみたいな正統派日本のビジネスマンからつい先日名刺をいただく機会があった。名刺の苗字と名前の間にかっこで括られたRichardという英語名見て「どこがリチャードやねん?」と思わずつっこみそうになった。
「リチャードって誰がつけたん?」と聞いてみたかったが、聞けんかった。

TomohiroがTomやったりSatoruがSamやったり・・それはええ。
だけど「どこがやねん?」ていう英語名を自分で名乗るのはどうもコッパズカシイ。

それでも、銀髪の老婦人にアンジェリーナと呼ばれて以来、状況に応じてたまにアンジェリーナと名乗ることがある。
電話でのレストランの予約時など。

2016年8月5日金曜日

シュレッダー


以前の勤務先でこんな気の毒な人がいた。
書類を一心不乱にシュレッダーにかけてる最中にネクタイの端がシュレッダーに巻き込まれた。
すぐに電源を切って大事には至らんかったからよかった。

笑ったらあかんけどちょい笑える。

オットの仕事部屋にあるのは家庭用の小型のシュレッダー。
オットの仕事部屋の掃除は私滅多にせーへんのですが
たまにオットの机の下にあるちっちゃいシュレッダーを見ると
あの日の衝撃的な職場での事故を思い出す。

そしてまたちょっと笑ってしまう。
ネクタイ巻き込まれた彼、どうしてはるかなあ?

ご無沙汰している人、お付き合いが途絶えた人、普段思い出すことなんてほとんどないことでも
ある事象やたまたま目にした道具、天気、音楽など様々な要因によって急に記憶が蘇って懐かしく、愛おしく感じたり、思い出し笑いしたり。

いや、時には忘れていた怒りや悲しみがちょいと胸の隅に顔を出したりする。
人間小さいな、私。

今後も何かのきっかけで懐かしく思い出す人々や情景は沢山あるやろう。
いつかこの世を去る直前にそれらの懐かしい人々&出来事&思い出総集編みたいなものを見れるとええな。
ふふっと笑える総集編でありますように。
それ、誰が編集するんやろう?
私や。