2016年7月31日日曜日

火事の夢

占いの世界では火事の夢は吉兆と言われているらしい。
ホンマやろうか?

1週間のうちに2回続けて同じ夢を見た。
もう少しで家が火事になるという夢。

我が家に友人招いてお昼にたこ焼きしたときに
ポータブルコンロから火が上がって、びっくりしたことがあった。

この時のシーンが夢に・・・・

2016年7月26日火曜日

喉ごろごろ


猫は機嫌のよい時に喉をごろごろ。
私の老猫は動物病院の処置室で何をされても喉をごろごろ鳴らして無抵抗。
獣医さんや看護士さんに「お利口さん」と毎回褒められる。

が、皆知っている。
お利口さんなのではなくて、アルツハイマー。

飼い主としては辛い。

2016年7月23日土曜日

白湯 さゆ

ワイナリー地区のお洒落なレストランに友人とお昼に行った時、注文前に白湯が運ばれてきた。

テーブルに着いて間もなく、ウエイターが
「お水お持ちしますね。炭酸水(Sparkling water)がいいですか? 普通のお水=
水道のお水(Tap water)がいいですか?」と聞いてくれはったので
「普通のお水=水道のお水(Tap water)お願いします。」と答えた。

数分後に可愛いMarimekkoの急須とカップ2つがテーブルに運ばれてきた。
「おお、ハイカラやなあ。 お水がこんな洒落たテイーセットで出て来るやなんて・・・」
と今から思えばめでたく感心しかけたが、それは違った。
全然違った。

ウエイターが注いでくれたそのカップからナント湯気が勢いよく立ち上っとるやないか!
「え? それはまさかの白湯?」

そう、さゆ・・・。

友人と顔見合わせ、ありがたく白湯すすりながもしばらく笑いが止まらんちん。
「いや、お水って言うたんですけど」とウエイターに言うてお水持ってきてもらっても良かったんやけど、なんだかなあ。
今、白湯やけどちょと待てば湯冷ましになる。つまりそれはお水・・・などと妙に遠慮がちな私たち。

もしも私があの時間違えて「Hot water, please 白湯ください」て言うたとしてもやで、
それ、おかしいやろう?? 
聞き返してくれよ!や。

だいたいそんなお客おらんと思う。
レストランのテーブルに着くやいなや「白湯ください」って頼む人。

あの静かなレストランで「Tap water, please 水道のお水お願いします」 が 「Hot water, please 白湯ください」に聞こえたんやとしたら、このウエイター明日にでも聴力検査に行ったほうがええ。
彼の聴力に問題がなければ、私の英語の発音のせいやな?
だとしたら、私もう日本へ帰った方がええよな~

2016年7月15日金曜日

あるインド料理のレストラン


オットと結婚する前に住んでいた町にお気に入りのインド料理のレストランがある。
当時、オットと私は常連客というほどではないとしても、よくこのレストランで食事した。

このレストランはほとんどのお客さんがインド人の男性。
正確にはどの人がインドの人で、どの人がパキスタンの人で、どの人がスリランカの人なのか
その見分けはつかない。
しかし、とにかくほとんどのお客さんが男性。

先日、このレストランにひっさしぶりに行く機会があった。
相変わらず美味しい。
そして、相変わらずレストランにアジア人(私)&白人(オット)のテーブルは私たちのみ。
この夜もやはりすべてのお客さんがインド(およびインド周辺諸国)の男性だった。

なんでや?
インドの(およびインド周辺諸国の)女性は外食したらアカンのか?
もしそうだとしたら、その理由が是非知りたい。

レストランの持ち主兼料理人のおじさんは、どんなに台所が忙しい日でも食事の後半には各テーブルに「お食事どうですか?」などと言いながら挨拶にまわる。
そしてしばし天気の話やら四方山話に興じる。

一度このおじさんにこの質問してみようと思うのに、いつも忘れる。

2016年7月14日木曜日

動物病院

友達に紹介してもらって動物病院の猫専門医に我が家の老猫を連れて行った。
ここへ引っ越してから動物病院へ行くのは初めて。

ここ数日の気になる症状に加えて急な体重減少。
20歳の老猫だからもう仕方がないっちゃー仕方ない。
だけど・・・・

電話で診察の予約を取る際、電話に出た動物看護師にまず症状を聞かれて説明。
丁寧で感じの良い電話の応対に行く前から安心感を覚えた。
電話で事前に動物看護士に説明した猫の症状が、診察の当日に猫専門医にきちんと伝わっていた。
そして、なんと受付の従業員も症状の概略を伝え聞いてくれてはってホンマ嬉しかった。

自分の老猫が加齢にともないだんだん痩せてガリ子ちゃん。
よそのお宅でふんわり丸々した若い猫ちゃんに会うと何やらホッとして癒されます。

2016年7月11日月曜日

キャリーパミュパミュ

キャリーパミュパミュがメルボルンでコンサート!
行ってきましたよ。 ふふふ

熊本城修復のチャリティーイベントに参加した夜、くじ運のない私に
なんと翌日のキャリーパミュパミュのコンサートチケットが2枚当たった。
じゃんけんでさえ滅多に勝たれへん私やのに。

オットは再度ひとりで日本に行っていて留守。
オットはキャリーパミュパミュ好きやから、きっと喜んでつきあってくれたやろう。
どうしよう。 
ひとりで行く? いや、それは寂しい。
でも、今日の明日じゃ誰を誘っていいのやら。

急な誘いであってにもかかわらず快く「ええよ~」って言ってくれた友人を伴って
コンサート前にご馳走食べてから会場へ向かった。

しかし、コンサート始まるやいなや異常とも言える観衆の興奮と大音響の会場で私は孤独を感じ、かつ茫然となった。

耳をツンザクばかりの大音量。
そして明らかに場違いな私ら。
1時間で会場を後にした。
会場出るときに係員が親切にも私たちに声をかけてくれはった。
「再入場されますか?」
きっぱりと答えた。
「いいえ、結構です。」

しばらく経っても耳がボワーっとしてた。

テレビのアジアンポップス特集番組で見るキャリーパミュパミュのプロモーションビデオは
装飾的かつ意匠が凝らされており、明るい幻覚のようなものがとても楽しい。
極彩色が渦巻く様子を描いているように感じた。

アニメ、ファッション、ゲームなど、外国から見た「日本」のイメージが乱雑に詰め込まれたような
楽しい映像は、やりすぎ感すら漂う日本ポップカルチャーてんこ盛り。
日本人向けではなく、外国人向けの仕様であることは明らか。
だから外国でも人気なのだろうと大きく頷ける部分はあった。

コンサートで彼女に歌唱力を期待したわけはない。
楽しいステージ構成やら演出がきっとライブで見れる思ってコンサートにその夜出かけたのに。
大阪梅田コマ劇場で見た北島三郎の舞台みたいに。(ちょっと例えがおかしいか?)

やっぱりタダはあかんっちゅうことかなあ~
いや、そんなことはない。
あのタダ券当たったおかげで友達と美味しいモン食べて楽しかったから、まあええか。

追記) キャリーパミュパミュって何?の方がいてはったらこちらをどうぞ。
キャリーパミュパミュ


2016年7月6日水曜日

夏の嵐

最近うれし泣きが続く。
日本で♪歌の翼に♬で涙ぐんだ直後にまた涙・・・

日本からこちらへ戻ってすぐの週末にピアノの先生の門下生の発表会があり、
私が作った曲を先生が最後に弾いてくれはった。

先生の情感豊かで素晴らしい演奏により、私の作品はまるで別モノに聴こえて・・・
こっそりと会場でうれし泣き。
「ええ曲やなあ~」 としみじみ。
どこまで手前味噌!そしておめでたいねん、私。

先生のご指導のもとに初めて私が作曲した、いわば処女作。
その名も「夏の嵐」!  

制作過程を振り返った。
先生の手に灯されるろうそくの光をたよりに、暗くて長いトンネルをなんとかゆっくり歩いてやっと出口にたどりついたっけ。
途中で休んだり、最後は疲れて歩けず先生におんぶしてもらったなぁ。
そうや、そうや、そうやった。
そんな先生の優しさと、先生がこの曲を丁寧に弾いてくださっていることを深く感じて
さらに感激。

演奏終了後に先生が私を門下生および会場にいた人達に作曲者として紹介してくれはった。
穴があったら入りたい・・とはこういうことやねんな!くらい恐縮して大いに照れたけど
実はだいぶ時間が経ってから(家に着いた頃)ちょっぴりホマレな感じがした。

この日、発表会の会場入り口で受け取ったプログラムを見てすでに私の目はうるうる。
作曲者として私の名前がちゃんとプログラムに印刷されていたことがえらい嬉しくて
胸が熱ーくなった。

まだ7月初旬ではあるが、この日が2016年最も嬉しかった日であることはもう間違いない。

2016年7月3日日曜日

歌の翼に

今回の日本一時帰国で最も嬉しかったのは、小学校の頃に所属していた合唱団の指導者だった
先生に再会できたこと。

遠い昔、この先生に習ったメンデルスゾーンの「歌の翼に」他数曲をこの日歌ってくれはりました。
うぐいすがハチミツ飲んだような美しい歌声(浜村淳がよく使う表現)は40年を経ても
まったく変わらなかった。
「いつか先生みたいなきれいな声で上手に歌えるようになりたい」と憧れて合唱団のお稽古に通ったっけ。
しかし、カラスがコールタール飲んだような私の声はそのままやった。

先生の澄んだソプラノに感動するやら、懐かしいやら・・・・
そして先生が私を覚えていてくれて歓待してくれはったことが嬉しくて。
不覚にも涙ぐんでしもうた。

この先生、実は中学時代の恩師のお姉さん。
一昨年日本へ行った時に妹先生とも再会を果たしている。
ハンドボール部同窓会
私ってなんて幸せ者やろう。

中学生の当時はあまりこの偶然に驚いたり感謝したりせんかったような気がする。
いや、忘れてるだけかなあ?

しかし、今あらためて振り返ると・・・
小学校と中学校、それぞれお世話になった二人の恩師が実の姉妹やなんて
すごいご縁やったと思う。