2016年12月30日金曜日

格納庫

お隣さんが裏庭にでっかいガレージというか物置を建てた。
物置というよりこれはまるで格納庫。
プライベートジェットでも購入しはったんやろうか?
でかい!

我が家の居間から天気の良い日は綺麗な夕焼けを愛でる。
しかし、もうこれからその楽しみもなくなるなあ。
この家の好きなところがひとつ減った。

2016年12月27日火曜日

クリスマスは嫌い

私はクリスマスが嫌い。
いつの頃からなのか・・
決して突然嫌いになったわけではない。

クリスマスが近づくと浮かれポンチがあちこちで目について神経にさわる。
例えばトナカイの角など飾ってる車を見ると、なんだか「フン!」って感じ。

昔の日本の元旦のようにこちらの12月25日はお店のすべてが閉まります。
この日はもちろん国民祝日でね、家族や親せきが集まってご馳走食べてお祝いしてクリスマスプレゼントの交換が一般的。

オットと出会うずーっと前、近所の人や親しい友人に招かれて他人様の親戚一族大集合の25日のクリスマスの食事会に参加してたなあ。
あの頃からやな、クリスマスが嫌いになったのは。

しらける。 そして普段感じない孤独を感じる。
ひとりで家にいるほうがよっぽどマシ。
クリスマスは家族のいる人だけが楽しいんや、ここでは。
そう思うようになった、きっと。

翌日の26日もボクシングデーと称して祝日。
ボクシングデーについては去年書いたっけ。

ボクシングデー終了! クリスマス終了! やった~!!!

2016年12月19日月曜日

ラッキーなら時間通り

こちらの公共交通機関に正確なダイヤを求めてはいけない。
ラッキーなら時間通り・・・くらいに思っておいたほうが腹立たずに済む。

先日、乗った電車が何の説明もなく20分ほど停止して私は車内でちょっとイライラしてた。
「少々遅れてるってネットの案内ページに表示されてます」などと
若者がスマホで調べて高齢の女性に教えてあげてる。

要らんわ、そんな情報!やねんけど、その高齢の女性は「ありがとう」って若者に穏やかにお礼言うてはる。

さっきまでずーっと腕時計見てはため息ついてたビジネスマンも、その会話聞いてにっこり微笑んでる。
イライラしてる自分がなんだか愚かに思えてきた。

日本で駅のプラットフォームや電車内で数分の遅れでも理由の説明と
過剰とも思えるほどの謝罪を繰り返し聞くことがある。 
すごいなあ、日本。

しかし、駅員さんに怒りをぶつけてる人を見たりすると「そんなに怒らんでもええやん」などと肩ぽんぽん叩いて言ってあげたくなる。

2016年12月16日金曜日

もう行ってヨシ

先日、交通事故の現場にたまたま居合わせてね。
目撃者として警察の事情聴取に協力したけど、なんだかな~だった日について書きます。

信号無視して猛スピードで走ってきた車が自転車に乗った若者を派手に跳ねた。
ヘルメット割れて転がってるし、ひどい外傷と出血あり。 えらいこっちゃ、かなりの重症やな。

そこに居合わせた近所の飲食店の店員のお兄ちゃんと私は
被害者に意識があることを確認⇒救急車呼ぶ⇒交通整理⇒怪我人励ます、など
見知らぬ同士とは思えないほど私たちは息の合った二人やった。

しかし!
非常点滅表示灯チカチカさせてそこに停まってた加害者の車が、すーっとその場を立ち去った。
「こらー! 待て~!」 (あとで知ったが私その時どうやら日本語で叫んだらしい。大丈夫か?私)

逃げ去る車の車種と色、ナンバープレートの番号だけは何とか覚えて携帯電話のメモ画面に入力。 指震えてる、私。落ち着け、落ち着け。ひっひっふー

救急車とパトカーが来た。早い! 素晴らしい!!

なんと加害者の車は盗難車であることが即判明。 
警察官たちは厳しい表情と口調で私たちに長々と詰問した。
運転手や同乗者についてあれこれ、繰り返し同じことをしつこく聞かれた。

もしかして私たち責められてる? 「目閉じとったんかい?」って言われてるような気がした。
だいたい結構な数さっきまでそこにおった野次馬はいったいどこ行ったんや?

警察官が私たちに最後にこう言った。
「オッケー! 以上。 もう行ってヨシ」

ちっ!
私は心の中で強く舌打ちをした。

跳ねられたあの若者、回復に向かってるとええねんけど。

2016年12月12日月曜日

「タクシーで来いや」

皆さん、びっくりさせてすみません。
挿絵を描いたのは私です。

オットが繁忙期に突入し、この愚ブログの挿絵が描けないために更新が滞りました。
読者の皆さんにご心配をおかけしてるようで申し訳ありません。

絵も字も裁縫も地図も全部大の苦手な私!
私が書いた地図では誰も目的地に着けない。

ま、よろし。
今日だけなので我慢して。

先日、学校時代の旧友から夜電話があった。
彼は出張で日本からシドニーに来ていた。
「やっと客先と上司から解放されてん。今から会おう。タクシーで来いや。嫁さんから預かったみやげもあるねん。」

こちらは寝酒タイムすでにダラーっ。
それより・・・ タクシーで来いやって、シドニーと私が住むメルボルンは900キロ以上も離れとるっちゅーねん。

それでもまだ彼は早口でこう言った。
「ええわ、ほなこっちから行くわ。タクシーで。住所言うて。 メモるわ。もう明日東京へ戻るねん」

ちゃうねんって!!

いや、そこから飛行機でも1時間半かかるねんって言うてやっとわかってもらえた。
久しぶりに元気そうな声聞けて嬉しかったけど。

奥さんが私のために彼に託したそのお土産、宅急便か何かで送っといてな。

2016年11月28日月曜日

歯科衛生士さん


私がお世話になっている歯医者さんの歯科衛生士さん、お仕事しながら歌うねんよ。
患者をリラックスさせるためやろうね、治療室に小さな音量で流れる音楽に合わせて結構大きな声で幸せそうに一緒に歌うねん。
歯医者さん、特に気にしていないようで何も言わない。

ええお声で歌上手やねんけどね。

2016年11月25日金曜日

さようなら、さくら。

猫のさくらが旅立ちました。
20歳7か月で大往生!

一足先に日本からこちらへ戻ったオットが看取ってくれてね。
私が戻るまで待ってくれへんかったんやね、さくら。
いや、猫アレルギー+猫嫌いのオットをあえて最期の立会人に選んで
旅立ったのかも。
私が悲しむのを見たくなかったのかなあ・・・

私が日本からこちらへ戻ると、猫のトイレやらベッドやらその他、猫が生前使っていたものをオットは物置に収納してくれてた。
私に大泣きされたら困るって思ったんやろうなあ。

ポロンと猫の首輪だけが私の机の上にあった。

掃除する度にまだ部屋のあちこちから猫の毛が出てくる。
スーパーで無意識に猫の餌の値段を確認している自分につぶやく。
「ああ、そうやった。もう猫の餌も猫の砂も買わんでええんや」

さようなら、さくら。

2016年11月23日水曜日

機内で

メルボルンから成田へ向かう機内で。
超肥満の若い男性が私たちと同じエコノミークラスのお席にいてはりました。
通路歩くのつっかえつっかえ大変そう。
本人も辛いだろうけど、座席両隣の人も窮屈やろうな。

いや、2席確保してはるのかも。
同じ名前でエコノミー2席って予約できるんかなあ?
それやったらビジネスクラス1席の方が安いやろう。
でもビジネスのお席でもこの人しんどいかも。
ところでトイレ、どうするんやろう・・・

要らん心配か。

この超肥満の若い男性がつっかえつっかえ通路を通り過ぎた時、この人が隣のお席じゃなくて良かったという顔してる人が通路はさんで向こう側にいてはってね。
目が合って互いに力なく微笑んでしもうた。

2016年11月20日日曜日

お弁当

京都のお寺の庭でお弁当広げて盛り上がっていたアジアの観光客については今年6月に書きました。
お寺の庭園

また今回も似たような光景を昼下がりのホテルロビーで目にした。
人目まったく気にせず、一心不乱にワシワシ食べてはりました。

それから百貨店内のエスカレーター横のソファで上等っぽいお弁当広げてる人達もいた。
地下食料品売り場でおいしいお弁当買ったのかもしれん・・・
通常そういうお弁当って百貨店内で、それも婦人服売り場のエスカレターの側に座って食べへんやろう。

ホテルの従業員も百貨店の従業員も「そこで飲食はダメ」って言えないんやろうか?
海外からのお客さんやから言えないのか?
そういうルールがホテルや百貨店にないから言えないのか?
どうなんやろう?

2016年11月18日金曜日

早朝ホテルのエレベーターにて


日本で大浴場のあるホテルに泊まるのが大好き。
ホテル支給の部屋着とスリッパで大浴場に行ってもオッケーとホテル到着時に従業員に言われました。
翌朝、すっぴん+部屋着+スリッパで首にタオルかけて大浴場に行くためエレベータに乗ったら・・・

そこには「今日も頑張って仕事するぞー」ムード満々の出張ビジネスマン達が。
えらい恥ずかしかったですう。

2016年11月17日木曜日

駅のトイレでまた!

日本から戻りました。
皆さんお変わりなくお過ごしでしょうか?

和歌山を旅行中に電車の駅の男性トイレで女性の清掃員が作業中やったとオットがえらく
びっくりしてました。
トイレ入口にその旨サインが出てたはずですが、オットが読める日本語には限りあり。

数年前、北海道の温泉でもこれに似た事件があったっけ。
温泉宿にて

2016年10月29日土曜日

リュックに猫

また動物病院にて。
高齢の女性に連れられた猫ちゃんがリュックから顔出して受付に。

「私ね、杖ついてるからこの子キャリーケースに入れたままだと歩き辛いのね。車の運転は問題ないから今日も車で来たんだけど」
受付で説明してはりました。

動物病院の待合室で「退屈」はない。
---

明日からしばらく日本へ行きます。
次回11月中旬に更新予定。
いつも戯言満載のここをお訪ねくださる皆さん、どうもありがとうございます。

2016年10月28日金曜日

わんちゃん体重測定

動物病院待合室にわんちゃん専用の体重計あり。
初診以外の患者さんも体重測定が義務付けられているらしい。

ふっくら体形の飼い主さんに連れられたぽっちゃりわんちゃん。
どうも前回より体重増えたらしく、看護士さんに注意受けたふっくら体形の飼い主さんが
苦しい言い訳。
「今、祖母が我が家に滞在中でね。祖母が餌あげすぎるんです~」

2016年10月17日月曜日

馬専用の運搬車

近所の競馬場の真向いのガソリンスタンドが馬専用の運搬車を貸し出している。
需要があるんかなあ?

需要があるから貸し出してるんやろうけど。
どんな時に誰が借りるんやろう?
いつも気になる。

2016年10月11日火曜日

貯金箱


オットに頼まれて5セント硬貨で一杯になったオットの貯金箱抱えて最寄りの銀行に行った日のこと。
(小学生みたい)

田舎の支店やからなあ、おそらく自動硬貨計数機ないかも・・

「自動硬貨計数機ありますか?」と貯金箱見せて窓口の女性に聞いてみた。
すると
「はい、もちろんありますよ。 それは私です!」

えー?

5セント硬貨を数えるその動作の早いこと、そして美しいこと。
子供の頃、近所のお姉ちゃんがおはじき数える動作を思い出した。

硬貨数えながら貯金箱に紛れこんでたニュージーランドの5セント硬貨をさっと見つけ出して私に返してくれはった。

素晴らしい! 
オーストラリアの銀行窓口でこんなに気持ちの良いサービス受けたのは初めて。
感動した。

気分良すぎるのでこの日両替してもらったお金、そや募金しよう。
少額やけど。

2016年10月8日土曜日

テレビの前で涙


ルールの発祥がメルボルンだからやろうね。
メルボルンの人たちのオーストラリアンフットボールへの想いは特に熱いものがある。

60年以上優勝できなかったチームが勝った。
私は特にどこのチームのファンでもないが、テレビの前で不覚にも涙。(実は号泣)
表彰式での感動的な場面が印象に残った。

60年以上も勝てなかったチームをずーっと応援し続けた人たちはさぞ嬉しかったことやろう。
以前の勤め先にこのチームのサポーターが多かったなあ。
おめでとう、みんな!

阪神タイガースを思い出してた。
球団創設以来初めて1985年に日本シリーズで優勝した日のこと・・・
あの日、私は串カツ屋のテレビの前で見知らぬお客さん達と一緒に号泣した。

当時の阪神タイガースは打撃三冠王に輝いたランディ バースを先頭に、掛布、真弓、岡田の猛打・・・

ふるー

2016年10月7日金曜日

老猫吠える

甲状腺亢進症と診断されてお薬処方された我が家の老猫。
ご飯に混ぜ混ぜ、服用させてます。

夜中に吠える。
猫の鳴き声とは思えないほどでっかい声。

獣医さんが言うには老猫のこの病気の典型的な症状らしい。
薬の効果に期待!

2016年10月3日月曜日

機関銃夫人

我が家では居留守を使うにも隠れ場所に限りがあって困る。

オットの知り合いのひとりにとても苦手な女性がいる。
「機関銃夫人」と私は彼女にあだ名をつけた。
彼女のしゃべり方は弾薬を自動的に装填しながら連続発射する機関銃そのもの。
とにかく早口でしゃべりまくる、まくる。
自分で問いかけておいて、相手の答え待たずに自分で答えてしゃべり続ける。
話の主導権をがっちり握って、どんどん話題を自由自在に自分で操作する。

「あんたもちょいちょい似たとこあるで」とボソっとオットが私に苦言を呈した。

そやろうか?
だとしたら、”人の振り見て我が振り直せ”やな。

とにかく彼女に会うたび私はへとへとに疲弊する。
悪い人じゃない、むしろ世話好きでええ人。

最近オットは機関銃夫人から仕事の依頼を受けて、彼女が我が家によく来る。

オットは機関銃夫人の対応が上手で関心する。
私はホンマに辛抱が足らん。

2016年10月1日土曜日

ハイブリッドピアノ

新しいピアノが我が家に!
ハイブリッドピアノでござる。

家を決める時よりも、車を買う時よりも時間がかかった今回の買い物。

我が家にピアノが運びこまれる時、ファンファーレが高らかに私の胸に鳴り響いてた。
スパークリングワインで祝杯をあげ、もごもごしている間にファンファーレはゆっくりと鳴りやんだ。

熱しやすく冷めやすいと子供のころからずーっと親に言われ続けてきたっけ。

2016年9月30日金曜日

自慢話

自慢話に聞こえるかもしれんけど・・・と前置きしながら。
「どこかでお茶でもどうですか?」って見知らぬ殿方から突然お誘い受けた。

駐車場で駐車料金を払おうとしたら、駐車券の挿入口に無言で横から見知らぬ男性が割引券みたいな券を機械に入れてくれはってね。
半額くらいになった。
ちょっとびっくりしながらもお礼言うて立ち去ろうとしたときに声かけられた。

きちっと身体に合った素人目にも高級な誂えスーツ(吊るしとちゃうという意味)を着た感じの良い
ビジネスマン。
戸惑いながらもこういうところは素早くチェックしている私。

後から振り返ると、同じお断りするにもちーっとスマートな熟女(?)なりの言い方があったやろう!ってまったく冴えん自分に腹立つ。

「私、結婚してます」って咄嗟に言うてもうた。
そんなダサい断り方・・・・

まあ、おそらく新興宗教またはネットワークビジネスなどの勧誘やったかもしれんなあ。

2016年9月29日木曜日

自宅療法


スポーツジムのぶらさがり健康器よりも気持ちいい腰痛の自宅療法がこれ。
背中から腰がきゅーっと伸びてホンマによろし。


「腰傷めんといてな。」
オットに注意喚起している。

2016年9月17日土曜日

関西弁

また近所の大学に束の間雇われた。
日本の夏休みを利用して短期研修プログラムのために千葉からやってきた日本人学生グループの雑多な支援が私の職務。

学生たちに言われた。
「関西弁、かわいい」って。

私の関西弁が”かわいい”だと?
褒められてるんやろうか?
いや、多分違う。

2016年9月11日日曜日

ピアノコンサート

まわりに日本語わかる人おらんと思い込んで日本語で好きなこと言うてたらあかん!って。

今更やけどまた大いに反省した出来事があった。

デジタルピアノの買い替えを検討開始直後に楽器店でイラっとした話を過日書きました。
こちら

その後、親身になってこちらの相談および質問に応じてくれるお店にやっとたどり着いた。
「急いで決める必要ないならこんな催しもありますよ。」と
某メーカー主催の宣伝コンサートのチラシくれはったので行ってきました。

オーストラリア若手の新進気鋭のピアニスト。
デジタルピアノ新モデルの魅力を聴衆に印象づけるような選曲がお見事。(えらそーに 笑)
やり過ぎ感すら漂うダイナミックかつ繊細な奏法にうっとり。
バッハ、ベートーベンからジョージガーシュインまで自ら演目の説明しながら聴衆をリラックスさせてかつおおいに楽しませるこのピアニストに私は魅了された。

途中で客席からのリクエストにも応えるというサービスぶり。
この夜コンサートにつきあってくれたのは古くからの日本人の友人。 
クラシック音楽のみならずバレエやオペラをこよなく愛し、幅広い知識を持つ文化人だけど
気取らない人柄。

久しぶりにこの夜旧友に会えたことが嬉しすぎて、私はちょっとお調子に乗っていたのかも。
様々なジャンルのリクエストに応えて次々と演奏するこのピアニストに
「流しのギターのおっちゃんみたいやな」とか「横森良造っていうアコーディオン奏者覚えてる?」とか戯言を客席で暢気にほざいてた。

すると・・・

げー!私たちのすぐ後ろに日本の人が座ってた。
このデジタルピアノメーカーの社員で本社から出張でメルボルンに来てはったらしい。
丸聞こえやったやろうな、私の声。

途中の休憩タイムにロビーでこの日本人ビジネスマンが私たちにまた声かけてくれてね。
会場入り口に陳列してあった最新デジタルピアノについてあれこれ親切に説明してくれはった。
静かな語り口調やったけど、新商品の宣伝への情熱をひしひしと感じた。
彼の情熱ひしひし感じながらも、私はまださっきの恥ずかしさが尾をひいて顔がポッポとほてったまんま。

あかんな、私。

2016年9月7日水曜日

暗闇のご馳走

お洒落なレストランではあるが、店内が暗すぎてせっかくのご馳走がちょいと見辛かった。

携帯電話を手に各自でライトアップ。
私たちのテーブル、きっと稀有な光景やったと思う。

食事の後半にはテーブルの上のダチョウの卵みたいな形の、それでなくても頼りなーいぼんやりとした光のランプの電球がぷつっと切れて・・・。
さらに暗い。

小さなランプをあちこちからかき集めて店員さんが慌てて私たちのテーブルに持ってきてくれた。
これ、どこかで見たことあるな。
ああ、そうや、仏壇の電気ローソクにそっくり!

皆の顔が下から仏壇の電気ローソクでそれぞれぼわーっと照らされて、まるでキャンプの夜テント内で怪談話しているような状況。

お料理はすべてワンダフル!
そしてサービスも抜群で奮発した甲斐あり。

隠れ家みたいなお店で表に看板なし。
もちろん事前の予約は必至。

夜、店内の照明が煌々と明るい飲食店は日本に比べると少ないかもしれん。
特に高級な飲食店ほどロマンチックに(?)店内は暗めの照明のような気がする。

以前会社勤めしたいた頃の異業種交流会のメンバーがこの夜久々に集っておおいに盛り上がり、
店内とテーブルの暗さを払拭するほど話題はとことん明るく賑やかに笑い転げた。

2016年8月29日月曜日

また転倒


腰やら股関節やらにたまに突然稲妻のように走る激痛で転倒する。
これまで家の中、または裏庭で数回同じような目に。

今回は外出先。とほほ
チャリティーショップの店内で派手にやっちまいました。
品物は壊さなかったものの、棚が半分倒れてえらいことになって・・・

店員さんやらその場にいたお客さんたちがホンマ親切にしてくれて感激した。

来年米寿を迎える父。
理学療法士さんに勧められて外出時に使ってるらしい歩行器の話を電話でつい数日前に
父から聞いたばかり。

私も必要?(泣)

2016年8月24日水曜日

たこ焼き


カセットコンロを買い替えた。 

それがきっかけとなったかどうかはわからんのですが、ここのところオットの親族を我が家に食事に招くと、おつまみまたは前菜代わりにたこ焼きでもてなすことが以前より増えた。
ゲストが嬉々として「たこ焼き焼く係」として参加してくれる。子供のみならず大人も。

私が子供の頃、我が家ではたこ焼きというのはお粗末食みたいなものやったと記憶。
「今日はお父さんも外で夕飯食べてくるって電話あったし、買い物に行ってないから今晩たこ焼きでもええ? 冷凍のタコあるから。」みたいな感じ。
または「卵沢山買い過ぎてそろそろ使い切ってしまわんと。たこ焼きでもしょうか?」となどという卵やっつけ消費にもたこ焼きは登場していた。

母は車の運転しなかったので、ほとんど毎日歩いて近所の市場またはスーパーに行ってた。
その日食べるものをその日分だけ買うことが多かった。
重いものやかさばる買い物は配達を依頼。
あの時代、多くの家がそんな暮らしやったと思う。

我が家のみならず、友達の家でもたこ焼きの位置づけは我が家と似たり寄ったりやった。
学校の帰りに友達に家に遊びに行ったりすると、友達のお母さんが招かざる客(それも突然の)であったはずの私たちをたこ焼きで歓待してくれはった。
「おやつ何もないから、たこ焼きしよっか? せやけどタコなしやで。 干しエビしかないけど・・・ ごめんな~」て友達のお母さん。

我が家に「たこ焼きの粉」などなかった。 そんなもん当時売ってなかったように思う。
小麦粉と卵とだしの素と水などを適当に調合して、焼いてみて固ければ水足す、柔らか過ぎてひっくり返せないほどなら小麦粉追加するというええ加減さ。レシピなどなかった。
たこ焼きソースも自家製。
友達の家も同様やった。

まあこれは、今でも私の作り方はあの頃とたいして変わらん。

なので、オットの友達や親族を家に食事に招いておつまみに「たこ焼き」してるって他界した母が知ったらきっと呆れるやろう。

そんなことを思うのはその時ちょうどお盆やったからかもしれん。

2016年8月19日金曜日

夜中の奇声

夜中に外で何やら奇声が聞こえて目が覚めることがここ最近ちょいちょいある。
オットによると麻薬中毒者が近所に住んでいるらしい。
近所って言うてもちょっと離れた場所やけど。

麻薬中毒者? こんな田舎やのに・・・

日本ならどんな田舎でも町内会や隣保っちゅーのがあるやんね。
こういう場合近隣の心配事は民生委員さんなどに相談するんかなあ?
ここはそんなんないからなぁ。

よっぽどの時は警察に知らせる?
そんなときに限って家に一人やったり、お隣さんがお留守やったらどうしよう?

オットの話によると、日中パトカーがその家の前に停まっているのを数回見たって言うてます。
ふーん・・・

以前私が住んでいた町は治安悪いわ、ガラ悪いわ、民度も低いスーパーダウンタウン。
勤務先に近い、電車の駅から徒歩圏、大学の裏、それらが魅力やった。

今振り返ると独り暮らしだったにもかかわらず、たいがいのことにはびっくりしたり過剰な心配したりせーへんかったなあ。

なのに、最近ちょっとのことでびびったりやたら心配しーの私。

「心配事の9割は起こらない」っていう本読んだばっかりやのに。
減らす、手放す、忘れる・・この3つが大切と書いてあったっけ。
余計な悩みを抱えず、無駄をそぎ落してシンプルに生きろと。

そやな!
(持った湯呑みをバッタと落とし、小膝たたいてにっこり笑い←浜村淳の浜村節)

2016年8月14日日曜日

売る気あんのか?

「売る気あんのか、こらあ!」と喉まで出かかった。
なんとかにっこり笑顔を繕ったつもりやけど。

某楽器店でデジタルピアノの試し弾きをさせてもらった日のこと。
デジタルピアノの買い替えを現在検討中。
まず、自分で電源プラグ差してスイッチ入れろと店員に言われた時点でびっくりやった。

「ヘッドフォンつけて弾いてみたいのでヘッドフォンお借りできますか?」と言うたら店員さんが探すフリせず悪びれもせずに、きっぱりと「ありません」と宣う。

「ありません」とただそれだけ。
どないなっとんねん、この店!

夜間や集合住宅でもピアノの練習ができることがデジタルピアノの最大の魅力。
事前のネット調査では、ヘッドホンでもグランドピアノならではの立体的な響きを再現できるモデルも発売され、各メーカーともデジタルピアノの進化は相当なものらしい。

なので、売る側にも以前よりも商品の知識は必要だと思うねんよね。

そやけど・・・
これはこの近所の田舎の楽器店の話とちゃいまっせ。
メルボルン市内およびメルボルン周辺の楽器店でさえもどこも店員の商品知識が乏しい。
これまで訪ねた楽器店は展示されているデジタルピアノの機種と台数が少なすぎる。

困った。

2016年8月11日木曜日

燃料切れ

この数年、車の燃料残存量が半分を下回ったら必ず補給するように心がけている。
すべてがオオザッパな私やけど、ガソリンだけは!

まだ会社勤めをしていた頃、帰宅途中に燃料切れで車が止まった経験あり。
幸い、路肩に車を寄せることができたので他の車には迷惑かからんかったけど。

ホンマ、恥ずかしかった。

車を買い替えた直後だったこと、休暇直前なのに職場と家での「やることリスト」の項目がなかなか
うまく片付かないこと、他にもなんやかんやで全てがとっちらかっていた時の出来事やった。

あの日、車も私も燃料切れ。

自分の心身エネルギータンクにもいわば残量液面計と警報器みたいなものを設置して自分自身の監視開始のきっかけとなったような気がする。

しかし、困ったことに最近この残量液面警報器の不具合が多発。
ちょっと減っただけでピーピー鳴るねん。
修理せんといかん。


2016年8月8日月曜日

アンジェリーナ

「あなたをアンジェリーナと呼んでもいいかしら?」
美しい銀髪をきちんとセットした老婦人は遠慮がちに私に言った。

それは慈善活動の手伝いに高齢者の施設を訪ねた時のこと。もうかなり前ですが。

「昔のことはよく覚えてるんだけど、昨日のことやら時々数分前のことでも思い出せないの」と
前置きして何度も私の名前を聞いてくれはった上品な老婦人。
こちらでは初対面でもファーストネームで呼び合うのが一般的。

私が小学生の時にはクラスに必ず同じ名前のもうひとりかふたりくらいいたほど
私のファーストネームはその時代の日本ではとてもありふれた名前やった。

だけど、この老婦人にとっては何度聞いても覚えにくい名前やったんやと思う。

若い人の中にもアングロサクソン以外というか白人の名前以外の名前を耳が受け付けない人が
結構いる。

白人の名前以外はなんとなーく覚えたくないっていう姿勢を示す若者に出会ったりするとムッとすると同時にびっくりする。
ここは多民族国家のオーストラリアやで。

母国を離れて海外にアジア人の多くはファーストネームのみ英語名を持っている。
名前を聞かれた時、または初対面の人に名前を告げた時などに
「英語名ないの?」と眉間に皺を寄せながら不快感丸出しで聞かれることがある。

そういう時は「ありません! 親がつけた名前はひとつしかありませんから」などと私は要らんことを言ったりする。

日本で、またはこちらで会う日本人に「関西弁丸出しですね~」とちょっといやーな感じで言われたりすると、余計意識して関西弁でしゃべってしまう。
そういう時私の声はちーと大きなる。
ホンマいやらしい私の性格がこういう時に露呈する。

The Japanみたいな正統派日本のビジネスマンからつい先日名刺をいただく機会があった。名刺の苗字と名前の間にかっこで括られたRichardという英語名見て「どこがリチャードやねん?」と思わずつっこみそうになった。
「リチャードって誰がつけたん?」と聞いてみたかったが、聞けんかった。

TomohiroがTomやったりSatoruがSamやったり・・それはええ。
だけど「どこがやねん?」ていう英語名を自分で名乗るのはどうもコッパズカシイ。

それでも、銀髪の老婦人にアンジェリーナと呼ばれて以来、状況に応じてたまにアンジェリーナと名乗ることがある。
電話でのレストランの予約時など。

2016年8月5日金曜日

シュレッダー


以前の勤務先でこんな気の毒な人がいた。
書類を一心不乱にシュレッダーにかけてる最中にネクタイの端がシュレッダーに巻き込まれた。
すぐに電源を切って大事には至らんかったからよかった。

笑ったらあかんけどちょい笑える。

オットの仕事部屋にあるのは家庭用の小型のシュレッダー。
オットの仕事部屋の掃除は私滅多にせーへんのですが
たまにオットの机の下にあるちっちゃいシュレッダーを見ると
あの日の衝撃的な職場での事故を思い出す。

そしてまたちょっと笑ってしまう。
ネクタイ巻き込まれた彼、どうしてはるかなあ?

ご無沙汰している人、お付き合いが途絶えた人、普段思い出すことなんてほとんどないことでも
ある事象やたまたま目にした道具、天気、音楽など様々な要因によって急に記憶が蘇って懐かしく、愛おしく感じたり、思い出し笑いしたり。

いや、時には忘れていた怒りや悲しみがちょいと胸の隅に顔を出したりする。
人間小さいな、私。

今後も何かのきっかけで懐かしく思い出す人々や情景は沢山あるやろう。
いつかこの世を去る直前にそれらの懐かしい人々&出来事&思い出総集編みたいなものを見れるとええな。
ふふっと笑える総集編でありますように。
それ、誰が編集するんやろう?
私や。

2016年7月31日日曜日

火事の夢

占いの世界では火事の夢は吉兆と言われているらしい。
ホンマやろうか?

1週間のうちに2回続けて同じ夢を見た。
もう少しで家が火事になるという夢。

我が家に友人招いてお昼にたこ焼きしたときに
ポータブルコンロから火が上がって、びっくりしたことがあった。

この時のシーンが夢に・・・・

2016年7月26日火曜日

喉ごろごろ


猫は機嫌のよい時に喉をごろごろ。
私の老猫は動物病院の処置室で何をされても喉をごろごろ鳴らして無抵抗。
獣医さんや看護士さんに「お利口さん」と毎回褒められる。

が、皆知っている。
お利口さんなのではなくて、アルツハイマー。

飼い主としては辛い。

2016年7月23日土曜日

白湯 さゆ

ワイナリー地区のお洒落なレストランに友人とお昼に行った時、注文前に白湯が運ばれてきた。

テーブルに着いて間もなく、ウエイターが
「お水お持ちしますね。炭酸水(Sparkling water)がいいですか? 普通のお水=
水道のお水(Tap water)がいいですか?」と聞いてくれはったので
「普通のお水=水道のお水(Tap water)お願いします。」と答えた。

数分後に可愛いMarimekkoの急須とカップ2つがテーブルに運ばれてきた。
「おお、ハイカラやなあ。 お水がこんな洒落たテイーセットで出て来るやなんて・・・」
と今から思えばめでたく感心しかけたが、それは違った。
全然違った。

ウエイターが注いでくれたそのカップからナント湯気が勢いよく立ち上っとるやないか!
「え? それはまさかの白湯?」

そう、さゆ・・・。

友人と顔見合わせ、ありがたく白湯すすりながもしばらく笑いが止まらんちん。
「いや、お水って言うたんですけど」とウエイターに言うてお水持ってきてもらっても良かったんやけど、なんだかなあ。
今、白湯やけどちょと待てば湯冷ましになる。つまりそれはお水・・・などと妙に遠慮がちな私たち。

もしも私があの時間違えて「Hot water, please 白湯ください」て言うたとしてもやで、
それ、おかしいやろう?? 
聞き返してくれよ!や。

だいたいそんなお客おらんと思う。
レストランのテーブルに着くやいなや「白湯ください」って頼む人。

あの静かなレストランで「Tap water, please 水道のお水お願いします」 が 「Hot water, please 白湯ください」に聞こえたんやとしたら、このウエイター明日にでも聴力検査に行ったほうがええ。
彼の聴力に問題がなければ、私の英語の発音のせいやな?
だとしたら、私もう日本へ帰った方がええよな~

2016年7月15日金曜日

あるインド料理のレストラン


オットと結婚する前に住んでいた町にお気に入りのインド料理のレストランがある。
当時、オットと私は常連客というほどではないとしても、よくこのレストランで食事した。

このレストランはほとんどのお客さんがインド人の男性。
正確にはどの人がインドの人で、どの人がパキスタンの人で、どの人がスリランカの人なのか
その見分けはつかない。
しかし、とにかくほとんどのお客さんが男性。

先日、このレストランにひっさしぶりに行く機会があった。
相変わらず美味しい。
そして、相変わらずレストランにアジア人(私)&白人(オット)のテーブルは私たちのみ。
この夜もやはりすべてのお客さんがインド(およびインド周辺諸国)の男性だった。

なんでや?
インドの(およびインド周辺諸国の)女性は外食したらアカンのか?
もしそうだとしたら、その理由が是非知りたい。

レストランの持ち主兼料理人のおじさんは、どんなに台所が忙しい日でも食事の後半には各テーブルに「お食事どうですか?」などと言いながら挨拶にまわる。
そしてしばし天気の話やら四方山話に興じる。

一度このおじさんにこの質問してみようと思うのに、いつも忘れる。

2016年7月14日木曜日

動物病院

友達に紹介してもらって動物病院の猫専門医に我が家の老猫を連れて行った。
ここへ引っ越してから動物病院へ行くのは初めて。

ここ数日の気になる症状に加えて急な体重減少。
20歳の老猫だからもう仕方がないっちゃー仕方ない。
だけど・・・・

電話で診察の予約を取る際、電話に出た動物看護師にまず症状を聞かれて説明。
丁寧で感じの良い電話の応対に行く前から安心感を覚えた。
電話で事前に動物看護士に説明した猫の症状が、診察の当日に猫専門医にきちんと伝わっていた。
そして、なんと受付の従業員も症状の概略を伝え聞いてくれてはってホンマ嬉しかった。

自分の老猫が加齢にともないだんだん痩せてガリ子ちゃん。
よそのお宅でふんわり丸々した若い猫ちゃんに会うと何やらホッとして癒されます。

2016年7月11日月曜日

キャリーパミュパミュ

キャリーパミュパミュがメルボルンでコンサート!
行ってきましたよ。 ふふふ

熊本城修復のチャリティーイベントに参加した夜、くじ運のない私に
なんと翌日のキャリーパミュパミュのコンサートチケットが2枚当たった。
じゃんけんでさえ滅多に勝たれへん私やのに。

オットは再度ひとりで日本に行っていて留守。
オットはキャリーパミュパミュ好きやから、きっと喜んでつきあってくれたやろう。
どうしよう。 
ひとりで行く? いや、それは寂しい。
でも、今日の明日じゃ誰を誘っていいのやら。

急な誘いであってにもかかわらず快く「ええよ~」って言ってくれた友人を伴って
コンサート前にご馳走食べてから会場へ向かった。

しかし、コンサート始まるやいなや異常とも言える観衆の興奮と大音響の会場で私は孤独を感じ、かつ茫然となった。

耳をツンザクばかりの大音量。
そして明らかに場違いな私ら。
1時間で会場を後にした。
会場出るときに係員が親切にも私たちに声をかけてくれはった。
「再入場されますか?」
きっぱりと答えた。
「いいえ、結構です。」

しばらく経っても耳がボワーっとしてた。

テレビのアジアンポップス特集番組で見るキャリーパミュパミュのプロモーションビデオは
装飾的かつ意匠が凝らされており、明るい幻覚のようなものがとても楽しい。
極彩色が渦巻く様子を描いているように感じた。

アニメ、ファッション、ゲームなど、外国から見た「日本」のイメージが乱雑に詰め込まれたような
楽しい映像は、やりすぎ感すら漂う日本ポップカルチャーてんこ盛り。
日本人向けではなく、外国人向けの仕様であることは明らか。
だから外国でも人気なのだろうと大きく頷ける部分はあった。

コンサートで彼女に歌唱力を期待したわけはない。
楽しいステージ構成やら演出がきっとライブで見れる思ってコンサートにその夜出かけたのに。
大阪梅田コマ劇場で見た北島三郎の舞台みたいに。(ちょっと例えがおかしいか?)

やっぱりタダはあかんっちゅうことかなあ~
いや、そんなことはない。
あのタダ券当たったおかげで友達と美味しいモン食べて楽しかったから、まあええか。

追記) キャリーパミュパミュって何?の方がいてはったらこちらをどうぞ。
キャリーパミュパミュ


2016年7月6日水曜日

夏の嵐

最近うれし泣きが続く。
日本で♪歌の翼に♬で涙ぐんだ直後にまた涙・・・

日本からこちらへ戻ってすぐの週末にピアノの先生の門下生の発表会があり、
私が作った曲を先生が最後に弾いてくれはった。

先生の情感豊かで素晴らしい演奏により、私の作品はまるで別モノに聴こえて・・・
こっそりと会場でうれし泣き。
「ええ曲やなあ~」 としみじみ。
どこまで手前味噌!そしておめでたいねん、私。

先生のご指導のもとに初めて私が作曲した、いわば処女作。
その名も「夏の嵐」!  

制作過程を振り返った。
先生の手に灯されるろうそくの光をたよりに、暗くて長いトンネルをなんとかゆっくり歩いてやっと出口にたどりついたっけ。
途中で休んだり、最後は疲れて歩けず先生におんぶしてもらったなぁ。
そうや、そうや、そうやった。
そんな先生の優しさと、先生がこの曲を丁寧に弾いてくださっていることを深く感じて
さらに感激。

演奏終了後に先生が私を門下生および会場にいた人達に作曲者として紹介してくれはった。
穴があったら入りたい・・とはこういうことやねんな!くらい恐縮して大いに照れたけど
実はだいぶ時間が経ってから(家に着いた頃)ちょっぴりホマレな感じがした。

この日、発表会の会場入り口で受け取ったプログラムを見てすでに私の目はうるうる。
作曲者として私の名前がちゃんとプログラムに印刷されていたことがえらい嬉しくて
胸が熱ーくなった。

まだ7月初旬ではあるが、この日が2016年最も嬉しかった日であることはもう間違いない。

2016年7月3日日曜日

歌の翼に

今回の日本一時帰国で最も嬉しかったのは、小学校の頃に所属していた合唱団の指導者だった
先生に再会できたこと。

遠い昔、この先生に習ったメンデルスゾーンの「歌の翼に」他数曲をこの日歌ってくれはりました。
うぐいすがハチミツ飲んだような美しい歌声(浜村淳がよく使う表現)は40年を経ても
まったく変わらなかった。
「いつか先生みたいなきれいな声で上手に歌えるようになりたい」と憧れて合唱団のお稽古に通ったっけ。
しかし、カラスがコールタール飲んだような私の声はそのままやった。

先生の澄んだソプラノに感動するやら、懐かしいやら・・・・
そして先生が私を覚えていてくれて歓待してくれはったことが嬉しくて。
不覚にも涙ぐんでしもうた。

この先生、実は中学時代の恩師のお姉さん。
一昨年日本へ行った時に妹先生とも再会を果たしている。
ハンドボール部同窓会
私ってなんて幸せ者やろう。

中学生の当時はあまりこの偶然に驚いたり感謝したりせんかったような気がする。
いや、忘れてるだけかなあ?

しかし、今あらためて振り返ると・・・
小学校と中学校、それぞれお世話になった二人の恩師が実の姉妹やなんて
すごいご縁やったと思う。

2016年6月26日日曜日

富士山

東京から京都への移動中、新幹線の車窓から見た美しい富士山に大感動!

平日の午前7時東京発だったので、乗客の多くがビジネスマン。
新聞読んではったり、ノートパソコンやタブレットで「仕事してる」感マンマンの人たち、または静かに目を閉じて睡眠不足の疲れを少しでも癒そうとしている人たち。
そんななかでそれはもう明らかに浮かれポンチのオット。

注) はしゃいでいたのはオットです。

2016年6月23日木曜日

自転車

瀬戸内海に浮かぶ現代アートの島として知られる直島で自転車借りて観光。
しかしこれがえっらいしんどかった。

10代の頃、自転車さえあればどこへでも行ける気がしてた。
実際に結構遠くまで自転車でバンバン行ってたのになあ。
(いったい何年前の話してるんや?)

いつから自転車ってこんなにしんどい乗り物に変化したんやろう・・・
いや、自転車が変化したのではなく、変化したのはもちろん私。

ゆるやかな坂道やのにもう無理。
自転車乗ってる時間よりも自転車降りて押してる時間のほうが長かったようにさえ感じる直島での一日。

こんなことなら電動アシストつきの自転車、せめて変速ギアつきの自転車借りたら良かった・・
もう遅い!
ちょっとのことケチるからこうなんねん。

サイクリストの聖地と呼ばれるしまなみ海道を自転車で走破という壮大な計画であったにもかかわらず、断腸の思いでしまなみ海道自転車走行を諦めることに。

今治で急遽レンタカーを選択した。

小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」など口ずさみながら、しまなみ海道での美しい島々の風景を満喫。
人々との出会いも旅のアルバムに素敵なページを加えたと思っている。
ホンマにレンタカー借りてよかった。


2016年6月20日月曜日

整体

東京滞在中のハイライトは5月場所お相撲観戦。
しかし、この日朝からひどい腰痛。
メルボルン出発前から何となく調子悪かった。
東京着後に騙し騙しで歩き過ぎがたたったような気がする。

両国の駅で電車降りて、すぐそこに両国国技館が見えているのに・・・あかん・・・痛い。
もう歩けん。
この日はオットと朝から別行動。
事前手配した国技館の切符をそれぞれに持ち、午後2時ごろに現地で落ち合うことになっていた。

藁にもすがる思いで駅前のホテルのコンシェルジェのお姉さんに救いを求めた私。
「宿泊客じゃないんですけど、どこか整体クリニックか鍼灸院など紹介してもらえませんか・・・・」

そのコンシェルジェのお姉さんの親切なことといったら、もう!
あちこち電話してくれはって、今すぐオッケーのクリニック探して、手描きの地図までくれはった。

「タクシーよりも歩いたほうが早いです。」

前置き長い! すみません・・・

で、カメより遅いんちゃうか?という歩みでやっとたどり着いた整体クリニックの待合室でびっくり。
患者さんは私以外が全員浴衣姿の力士たち!
髷を結うてる人やらザンバラ髪の人やらいろいろ。

ここの整体の先生がまたホンマにええ先生でね、1時間ほどの施術でかなり痛みがマシになって
カメよりうんと足取り軽く無事国技館に到着。(汗)

患者さんの力士の方々にも親切にしてもらいました。

みなさん、本当にお世話になりました。

2016年6月17日金曜日

お寺の庭園

もうひとつ京都での話。
池で鯉が跳ねる音と鹿威しの音くらいしか聞こえない静寂に包まれたお寺。

このお寺はお茶券つきの拝観料。
本堂お参りの後、美しい庭園を眺めながら抹茶とお菓子を心静かにいただき、庭園をゆーっくり散策。
お天気もいいし至福のひととき。

すると!
突然そこに楽しそうなピクニックのグループ。
遠慮もないけど、悪気もないんやと思う。
アジアの観光客。
じろじろ見たらあかんと思いながらも、じろじろ見てしもた。
コンビニで買ってきはってんなあ・・という感じのお弁当を派手に広げてそらまあ賑やかなこと。

あかんやろう。
ここでそれはあかん!

「敷地内持ち込みの飲食禁止」のサインがあのお寺にあったのかなかったのか、私にはよーわからんけど。

2016年6月9日木曜日

年齢確認





日本のコンビニその他で缶ビールやワンカップのお酒買うたびに、レジのタッチパネルで成人であることを確認するように店員さんに言われる。
まあ、それがシステムなんやからしゃーないとは思っても、年齢相応にしか見えない中年夫婦を前にして「見てわからんか?」と何度も無言でつぶやく。

東京のあるレストランで会計の時にも同様の年齢確認。
いやそれ、おかしいやろう??
だってさんざん飲み食い終わった後やで。
ほろ酔いの赤ら顔で満腹抱えてゲフっとか言いながら「成人です」って確認のサインさせられてる自分たちが何やら滑稽に思えてしゃーない。

2016年6月5日日曜日

赤ワイン

日本旅行中、フレンチのレストランで赤ワイン(それもShiraz)注文したら
キンキンに冷えた赤ワインが出てきて、ぶったまげた。

まあ、確かにこの日は日中の最高気温が30度近く上がった暑い日やってんけどね。

赤ワインはビールとちゃうねんから、暑い日やから言うて冷やせば美味しくなる飲み物ちゃうと思うねんけど。

まあ私、フランス行ったことないからなあー。

2016年6月1日水曜日

京都にて

メルボルンに戻りました。
日本旅行中のことを書きます。

まず京都にて。
嵐山の北東、嵯峨野の竹林を歩いた。
前回ここへ来たのは確か10代後半の頃。

この辺りは平安時代から貴族が別荘や庵を開いたそうで、いつもよりゆっくり歩くことで
風が運ぶ竹の香りやら、竹の隙間に注ぐ陽射しを愛でて
「年を取るのも悪くないなあ・・・」などと悦に入っていた。

すると!
前を歩いていた小さな女の子がいきなり道の真ん中でズボンずり下ろして
めちゃめちゃお母さんを慌てさせてる。
女の子、2歳ぐらいかなあ。

お母さんの言葉から察すると中国からの観光客?

ドレスアップした女の子のその突然の辺り構わぬ仕草があまりにも愛らしすぎて、しかしお母さんのパニックぶり含めてその母娘の様子が嵯峨野の竹林に似合わん過ぎて、なんともほほえましい。

将来またいつかこの嵯峨野の竹林を歩くことがあれば、間違いなくこの光景を思い出すやろう。

2016年5月7日土曜日

注文とって!

注文取りにきてもらうまでえっらい時間かかった近所のレストランでのこと。

大抵の事には辛抱のええオット。
しかしこの日はオットが2度席を立ってレストランの責任者らしき人に「注文とってください」とお願いしたが・・・それでも来ない。

客が去った後のテーブルをのろのろ片付ける二人のウェートレスは、私達のテーブルからわざと目逸らしてるのんちゃうか?と見えるほど。
注文とって!の私達の眼差しを丸無視。

おまけにガム噛んでる。

銀行の窓口の職員が勤務中にガム噛んでたり、5スターのホテルのドアマンがガム噛みながら接客してるのを管理側も顧客も容認してるくらいやから、レストランのウェートレスがガム噛んで仕事しててもそれはええのか?

向こうのレジのお姉さんはお勘定済ませたおっさんと延々どうでもええ話しをしとる。
これも「フレンドリー」の範疇なのか?

どないなとっるねん?。
もう絶対この店には絶対けーへんで。

追記
明日からしばらくオットと日本へ行きます。


2016年4月29日金曜日

プチ引きこもり

顔面の皮膚疾患治療の後、1週間ほど外出できずにプチ引きこもり。
誰にも会わず、どこへも出かけられず、とほほ。

顔がきちゃな過ぎて最初の数日は頭に紙袋かぶりたいほどやった。

こうなったらしゃーない。
引きこもり期間中は頑張って家事にいそしむことに。
家の中の「やることリスト」のアイテムはほとんどは片付いた。
やればできるやん!

先日、裏庭であお向けに派手に転倒した際の打撲の痛みもほぼ完治。

あとは、ネットサーフィン。
ぷはー

2016年4月26日火曜日

あお向け転倒


裏庭で派手に転倒。
それもあお向け。
 
庭仕事してたオットがすぐに気付いて起こしてくれたけど、夫がいなければあのまましばらく起き上がれんかったやろうと思うほどあっちこっち丁稚(ふるー!)の打撲+ショック。
 
骨粗しょう症→転倒→骨折→寝たきり→認知症・・・
決して他人事ではない。
いつかはこうなるのかも。
 
20歳の老猫が怪訝な目で私を見てた。

2016年4月21日木曜日

中級者

ピアノの先生に「中級者」って言うてもろうた。
え? ホンマですか? 私、中級者?

家に戻ってから先生の言葉を反芻し、手足ばたつかせてこの嬉しさを表現したいほどひとりで幸せな気分になった。